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ブラックレイン [アメリカ映画(80s)]


Black Rain(1989)

「ブレードランナー」のリドリー・スコット監督が日本を舞台に描くクロスカルチャルなバディムービーの傑作です。

リドリー・スコットは、イギリス出身の映像作家です。彼は、若い頃から弟のトニー・スコットと共にテレビドラマやCMを作り出してきました。活動の場をアメリカに移してからは、大企業からのオファーがおおくCM界では有名人となります。

スコットは、1977年「デュエリスト」という映画でデビューしますが、それほどのヒットにはなりませんでした。しかし映像は素晴らしくカンヌ映画祭で賞を受賞します。スコットはビジュアル主義の監督と言われます。その傾向はすでにこの作品から見受けられます。光の使い方がうまく幻想的な映像は、スコットにしかできないもので、ファンなら1カット見るだけでスコット作品かどうか見分けることが可能なくらい映像にこだわっていました。

次の作品「トリスタンとイゾルデ」の準備を開始しているとき、思わぬオファーが彼の元に舞い込みます。この企画が後の「エイリアン」(1979)となるのです。スコットは「トリスタンとイゾルデ」の企画を中止し「エイリアン」の監督をします。そしてその後の「ブレードランナー」(1982)と2つの作品で、スコットの映像スタイルは確立します。2作を通し光の使い方をさらに昇華させたスコットは「光と影の魔術師」と呼ばれます。あまりにも美しい映像に誰もが驚き感動しました。
しかし「エイリアン」はそこそこヒットしたものの、「ブレードランナー」は芸術性が高すぎ、興行的に失敗してしまいます。現在ではカルトクラシックとして、映画史に刻まれている2つの名画は、公開時大ヒットしなかったのです。

彼は、その後「レジェンド」(1985)、「誰かに見られてる」(1987)と映画を監督しますが、いずれもヒットには至りませんでした。スコット作品は、むしろ現在の方が評価されているのではないでしょうか。近年の映画やCMは、これらスコットの初期作品群に強く影響を受けており、当時は彼の感覚が早すぎたのかもしれません。

映画を監督しても評価されないスコットは、雇われ監督として仕事をしなければならなくなります。要は彼の企画ではGreen Lightが灯らなかったのです。そんな中、ポール・バーホーベン監督が降りた企画の話が彼のオフィスに舞い込んできます。

舞台は東京。ニューヨークで逮捕された日本人のヤクザを、東京に連れ戻す任務につく2人の刑事を描くバディ・ムービーでした。もともと日本文化に興味があり黒沢明の「7人の侍」の熱狂的なファンだったスコットは、この企画を引き受けます。

脚本が完成した後、この映画の最大の問題は日本での撮影にあることをスタッフの誰もが承知していました。

日本は、今でこそフィルムコミッションが乱立し、映画の誘致合戦が繰り広げられていますが、80年代はとても閉鎖的で外国人を受け入れる環境が整っていませんでした。さらに、アメリカ人が持つ日本文化に関するイメージと実際の日本人が考える日本のイメージにも大きな隔たりがあり、プロダクションデザインも困難となりました。英語を話せない俳優ばかりで、脚本に登場する英語の台詞を話せる役者が本当にいるのかという問題も解決できていませんでした。

スタッフは、まずロケハンのため東京を訪れます。ここで衝撃的だったのは、スタッフがイメージしていたのは中国的な雑多な街だったのですが、東京は綺麗に再開発が行われていたことです。結局、想定する街はなかなか見つかりませんでした。そこでイメージに一番近い新宿歌舞伎町でロケをすることになりました。スタッフは新宿警察や警視庁と何度も交渉を続けますが、なかなか撮影許可が下りませんでした。結局許可がとれないことを悟ったスタッフは、比較的協力的だった大阪に撮影場所を変更します。大阪でも様々な問題が山積していましたが、なんとか撮影はできる見通しが立ちました。しかし、予定していたおおくの撮影シーンの場所が見つからず、見つかっても許可が下りないことがおおく、結局かなりのシーンは日本以外で撮影するしか方法がないことがわかってきました。結局印象的な映像は大阪で撮影を行い、無理なシーンはアメリカで撮影するという非常に効率の悪い方法がとられることになるのでした。
ケイト・キャプショーが出演するシーンは全てアメリカで撮影されています。映像は大阪の道頓堀の景色とうまく編集されているため、観客は特に気がつかないでしょう。ラストのバイクチェイスのシーンは、当初茶畑のはずでしたが、北カリフォルニアのサンフランシスコ郊外のブドウ畑で撮影されました。大阪伊丹空港のシーンはロサンゼルスの空港が使われています。

キャスティングも難航します。大阪の警察で主人公ニックの相棒となる松本役は、英語力が要求されました。当初この役には坂本龍一に話があったようです。坂本龍一は「ラストエンペラー」の日本人役で見事な英語を披露しており、英語力が買われたのです。しかし坂本本人は脚本を読んで、松本役は自分とはキャラクターが違いすぎると断ってしまいました。そこで、オーディションを重ね現れたのが高倉健でした。彼は英語を勉強しており、基本的に問題のないレベルであったこと、そして日本では十分すぎるほど有名人であったことがキャスティングの決め手になりました。ヤクザの佐藤役は英語が話せない設定だったので、演技力と風貌が重要な要素でした。荻原健一、根津甚八、萩原流行など、そうそうたる面々がオーディションを受けました。一時、プロデューサーが気に入っていた俳優、奥田瑛二に決まりかかったのですが、彼は「千利休」撮影と時期が重なっていたため役を断ってしまいます。そんななか現れたのが松田優作です。圧倒的な演技力にスタッフは驚き、彼に佐藤役をオファーします。

映画はようやく準備が整い、撮影が開始されました。日本での撮影は主に道頓堀近辺と神戸で行われました。スコットは、彼の光と影の演出にこだわったので、撮影は時間がかかってしまい、警察からの指導があったりしました。それでも監督は妥協することなく良い作品を作るためにねばったそうです。プロダクションデザイナーも日本を理解し、できるだけ本物の日本を描こうと努力しました。おそらく日本がハリウッド映画で初めてまともに描かれたのが本作なのではないでしょうか。

撮影中、松田優作の演技があまりに素晴らしかったため、脚本では殺されるはずだったところを急遽変更することになり、ニックは佐藤を殺さず逮捕することになりました。これにはプロデュースサイドの強い意向があったとされています。もしかしたらニックと佐藤を扱った続編が作れるのではないか、というビジネス感が働いたことは言うまでもありません。

映画は、1989年にパラマウント配給で公開されます。今回もそれほどの大ヒットとなりませんでしたが、ボックスオフィストップ10に入り、当時はそれなりに話題となりました。中でも松田優作の演技には誰もが心を奪われ、主演のマイケル・ダグラスはかすんで見えました。映画が公開されるとロバート・デ・ニーロとの共演というオファーが松田優作に届きます。そしておおくのエージェントやプロデューサーから松田優作と会いたいという連絡が入ってきました。

しかし、松田優作は公開直後の同年11月6日、癌で他界してしまいます。
彼は、撮影前から癌に犯されていると告知されていましたが、延命治療を拒み、映画の撮影に参加していました。彼はハリウッド映画デビューに命をかけていたのです。そして、その賭は見事に成功したのでした。

映画は、アカデミー賞で音響賞を2つ受賞しました。ヤクザの親分役の若山富三郎は英語を話せないのですが、音響効果で見事に英語を話させています。

リドリー・スコットは90年代に入ると名声を高め、過去の作品は映画史に残る傑作として再評価されていきます。弟のトニーは、「トップガン」などハリウッドスタイルの映画を監督します。この二人は95年、スコット・フリーという制作会社を設立し「グラディエーター」「ブラック・ホーク・ダウン」など名作を作り続けています。

「ブラックレイン」は、公開後、話題になることはあまりありませんでしたが、テレビ放送の際、松田優作が日本語の台詞を残していたことがわかります。よって日本語吹き替え版では、松田自身が吹き替えを行っています。映画はスーパー35mmで撮影されているため、テレビ放送時は4:3の画角となり、映画館で見るよりおおくの映像が放送されました。

そして、2006年、DVDで「ブレードランナー」リマスター版が発売されました。公開から約20年が経っていますが、今でもスコットの素晴らしい演出と松田優作の魂を感じることのできる作品です。

<リドリー・スコット作品を購入>
デュエリスト-決闘者-スペシャル・コレクターズ・エディション

エイリアン アルティメット・コレクション

誰かに見られてる

レジェンド/光と闇の伝説

ブラック・レイン デジタル・リマスター版 ジャパン・スペシャル・コレクターズ・エディション

ブラックホーク・ダウン コレクターズ・ボックス

グラディエーター エクステンデッド・スペシャル・エディション


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jedioki

デジタル・リマスター版の、HD DVDが本当に楽しみです。
by jedioki (2006-11-15 12:44) 

かおり

一度しか観たことがありませんが、松田優作の鬼気迫る演技に
怖さを感じたのが忘れられません
惜しい役者でしたね
by かおり (2006-11-15 12:54) 

堀越ヨッシー

ヤクザ・佐藤の登場シーン...
映画館で見た時の、あの鳥肌の立つ感覚は今でも忘れられません。
by 堀越ヨッシー (2006-11-15 19:15) 

びっけ

こんにちは。
佐藤の役に、最初、坂本龍一が候補に挙がっていたとは知りませんでした。結果的には松田優作でオーライでしたが、坂本龍一の佐藤役も観てみたかったです。
優作とデ・ニーロの共演・・・実現してほしかったです。
冥福を祈りつつ。
by びっけ (2006-11-15 19:38) 

ブラックレインの印象はやはり松田優作の演技力が光ります。
今気づきましたが、リドリー・スコット監督の作品である、「ブレードランナー」、「エイリアン」そして「ブラックレイン」は好きな映画ですし、作品が印象的。
映像スタイルが共通していたから好きな映画になったのだ今思いました。
by (2006-11-15 20:30) 

coco030705

こんばんは。
私は大阪の人間なので、「ブラックレイン」の大阪の場面には、特に親しみを
覚えています。梅田の阪急百貨店のコンコースでの撮影、頻繁に通っているところが、まったく違うイメージで映像化されていたのに驚きました。ここは、阪急百貨店の改装とともに今までのデザインが変えられています。この映画は昔の阪急を思い出す意味でも、大事な映画となりました。
それから、高倉健が英語を話せるとはしりませんでした。さすが一流の人は違いますね。もっと海外の映画に出演できたのではないかと、惜しいような気もします。
by coco030705 (2006-11-15 21:44) 

DSilberling

jedioki さん、こんにちは。リマスター版、HD版がでますよ。
by DSilberling (2006-11-16 00:01) 

DSilberling

青い花さん、松田優作は惜しい役者さんでした。
でも今でも印象に残る人ですね。
by DSilberling (2006-11-16 00:03) 

DSilberling

堀越ヨッシーさん、こんにちは。
死の代償としての演技です。凄すぎますね。
by DSilberling (2006-11-16 00:08) 

DSilberling

びっけさん、こんにちは。
ifもしも....映画には様々なパラレルワールドが存在しますね。
そういう世界を考えるのも楽しいものです。
by DSilberling (2006-11-16 00:09) 

DSilberling

nekoさん、こんにちは。映画は監督で見るのも面白いですよ。
スコットは特にカラーが統一されているのでわかりやすいと思います。
次はトニー・スコット監督作品群を見てください。
なかなか面白いですよ。
by DSilberling (2006-11-16 00:10) 

DSilberling

cocoさん、こんにちは。
私はニューヨークに住んでいたので、この映画は懐かしいです。
松田優作が捕まる精肉工場は、今、ミートパッキングエリアとしておしゃれな街に変貌しています。あの頃は怖くて歩けない場所でした。
by DSilberling (2006-11-16 00:12) 

浦和赤菱

大ちゃん今晩は。今日ヒマで久々にmixiしています。
さてこの映画、我が人生のベスト10に入ります。傑作です。映画館で、テレビの再放送で、そして自分としては実に例外的なことに、わざわざレンタルしに行ってまで観た映画・・・日本公開当時、大学生だった自分は、松田優作のあまりに突然な死に衝撃を受け、自分の通う大学からそう遠くない町でいとなまれた彼の葬儀をひと目見ようと本気で思ったほど、この映画と彼の演技にほれ込んでいたのでした。
病が彼をもう少し生かしていたなら・・・当時ハリウッドでも『ユーサクはここ10年で最高の悪役だ』と絶賛されていただけに、次なる傑作を作り出すことが出来たかもしれないと思うと、本当に悔やまれます。
撮影当時のことなどは、山口猛著『松田優作 炎 静かに』という素晴らしいノンフィクションノベルに詳しく描かれています。未読の方はぜひ!(社会思想社の”現代教養文庫”で文庫本化されています)

坂本龍一がブラックレインに出演していたかも・・・というのは、坂本”教授”自身のエッセー集の中で語っています。なんでもアメリカへの(アメリカから?)フライト中、偶然マイケル・ダグラスのそばの席で、色々話し込むうち、彼がいま取り掛かっている映画にどうか?まだその役の役者は決まっていないんだ・・・などと、その気になっているダグラスに、慌てて笑ってごまかす教授・・・というようなくだりでした、確か。その後に本気でオファーしたのかどうか?は不明ですが、ヴァージンレコーズ所属アーティストがこぞって参加した豪華なサウンドトラックには教授も1曲提供していなかったかな(探してるんですが・・・)。

この記事を読み、DVDを入手しようと決心しました。ただ、HD DVDというのは現行のハードと互換性あるんでしょうか。またあったとしてもどうせ画質の『恩恵』にはあずかれないんでしょうね、専用機を手に入れないと・・・パソコンで見ます。
by 浦和赤菱 (2006-12-17 18:36) 

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