パニック・フライト

RED EYE (2005)

「スクリーム」シリーズのウェス・クレイブン監督が描く航空機サスペンスの傑作です。

まず、この映画が劇場公開されずDVDで発売されてしまった事、そしてなんとも醜い邦題を与えられてしまった事がとても悔やまれます。この映画、同時期に公開された飛行機パニックものの「フライトプラン」よりもはるかに優れた作品にも関わらず、この扱い。日本の洋画配給会社が、映画に愛情がないことが露呈される悲しい事態です。

では、本題に入りましょう。
今、最も旬な女優レイチェル・マクアダムスを迎え、ウェス・クレイブンが新しい企画をスタートさせました。今回のテーマは航空機サスペンス。普通、航空機を題材にすると、飛行機が墜落するかしないかというパニックを主軸に物語が展開していきますが、クレイブンはそんなあたりまえの手法は取りませんでした。彼は、ある飛行機に乗り込んだひとりの乗客リサにフォーカスします。その誰もが自分に置き換えられる平凡な乗客がとんでもない事件に巻き込まれていくのです。

まず、脚本がプロデューサーのメイソン・ノヴィックに届きました。脚本を書いたのは、カール・エルスワース。彼はまだ駆け出しの脚本家でした。この無名の脚本家が書いた１つのストーリーがメジャースタジオを動かします。ノヴィックは脚本を読んですぐにドリームワークスに企画を持ち込みます。それを読んだスタジオのスタッフも映画化に前向きになり、このストーリーを演出できるのはウェス・クレイブンしかいないということで、クレイブンのもとに本が届けられました。クレイブンは仕事が続いていて、暫く休養しようと思っていたのですが、この送られてきた本に魅了され監督を快諾します。

スタッフは、まだ有名ではないですが演技力のある俳優を捜しました。そしてレイチェル・マクアダムスとキリアン・マーフィーにオファーが行きました。二人も脚本を読んですぐにOKし、制作が開始されます。名の知れた脚本家でなくても、面白いストーリーさえあれば、数十億円規模の映画企画が動き出す典型的な例です。

オープニングの空港の騒々しさ。チェックインの列に並んでいると、飛行機が定刻通り飛ばないという残念なニュースが入ります。そして、ちょっとしたきっかけで見知らぬ人と会話をすることになる乗客たち。相手が結構魅力的な人だったりすると誰もがちょっとだけ気持ちが弾みます。これは世界の空港で良くある風景です。飛行機に乗る直前の乗客の心理をうまく描いたこんなオープニングでこの映画は始まります。
しかし、そんなとてもありふれた空港からストーリーは一気にハラハラさせられるフライトに移行します。このあたりの演出は、数多くのホラー映画を手がけてきたクレイブンならではの素晴らしいディレクションです。見ている客は日常から非日常になんの違和感もなく移動し、さらに主人公の目線でこのどう考えても乗り切れそうにない困難に直面するのです。ここからは、かなりのジェットコースタームービーとなり、誰もが映像に引き込まれていくのです。

実は、この映画、飛行機が墜落したりパイロットががんばったりすることはありません。そんな気配すら感じさせないのです。そして、ストーリーの大半は狭い機内です。なのに派手なアクション映画よりももっとスリリングな展開でお客をあっといわせます。

主演のレイチェル・マクアダムスと、相手役のキリアン・マーフィー（バットマン・ビギンズでも良い味出してました）は、演技に安定感があり、この難しい役を見事に演じています。きっと、この映画の成功には、彼らの参加が重要なファクターだったに違いありません。監督は、今までの経験を総動員して冷静にこの映画を演出しています。自分がどうしたいか、というより、お客さんがどう考えるかをしっかりと念頭に置き作り上げたこの映画は、一見ポップコーン・ムービーに見えますが、何度も見返すと、細かな点で整合性がとれているA級作品だということがわかってきます。

私は、たった２分程度のトイレのシークエンスがこの映画を名作にしているのだと思います。クレイブンらしい素晴らしいシーンです。

アメリカでは、この映画は大ヒットしました。そして、監督と出演者は、ステップアップしました。（詳しくはこのサイトの各人の章を読んでください）

クレイブン監督は、「パリ」という新作に取りかかっています。今回はロマンスですが、きっとクレイブンらしい演出が光る秀作になるのではないでしょうか。マクアダムスは「Marriage」という映画に参加します。相手役はピアーズ・ブロズナンです。マーフィーは、ニール・ジョーダン監督と一緒に「Breakfast on Pluto」という映画を制作中です。そして既に３作に出演が決定しています。

日本では劇場公開されないこのような名作がまだまだ沢山あります。こういった隠れた名作を見ると、ハリウッドの仕組みが見えてきて面白いです。

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コメント 22

日本では公開されない映画はどこで判断するでしょう。
ブログを読んでいると、見たくなります。
by (2006-07-01 20:35) 

こんばんは。
キリアン・マーフィー、「バットマン・ビギンズ」では個性的な悪者役を
みごとに演じてましたね。
＞この映画、飛行機が墜落したりパイロットががんばったりすることはありません
ということは、心理的な怖さの映画でしょうか。時間のあるときに見てみたいです。
by coco030705 (2006-07-01 21:35) 

「パニックルーム」と「フライトプラン」を足して2で割ったタイトルですね…（＾＾;）
どちらもジョディ・フォスター主演ですが、全く彼女とは関係無い、というのも余計に寂しく感じました…が、「フライトプラン」よりも面白い、と聞きますと興味が湧きます
by クロロ (2006-07-01 22:39) 

nekoさん、こんにちは。
日本で公開するかどうかは、各配給会社が決めます。これは担当者の考え方で決まります。かつては、海外でコケても日本でヒットさせるような名宣伝マンが結構いて、ヘラルド映画や東欧東和などはがんばっていました。現在は、映画に対する情熱に欠けた人が洋画会社に増えてしまいました。残念な事です。今年は遂に邦画のシェアが50%を超えるんです。１０年前は洋画が80%以上のシェアを維持していました。
by DSilberling (2006-07-01 23:12) 

cocoさん、こんにちは。この映画、心理的なストーリー展開なのですが、あきさせず見せるところは監督の腕が良いからです。「フライトプラン」よりも面白いですよ。是非見てください。
by DSilberling (2006-07-01 23:14) 

クロロさん、こんにちは。こんな悲しいタイトル付けられて、本当に映画がかわいそうです。
映画自体は楽しめるので是非見てください。
私は、映画のキーになるフランケンのボールペンを入手しました。
by DSilberling (2006-07-01 23:15) 

こんばんは。
この映画はDSilberlingさんのブログで知って楽しみにしていたので
公開されないのが残念です。最近は映画館が増えているのに…
邦画が復活してきたとは言え、全米週末ベスト10に入った映画は
やっぱり劇場で観てみたいなあと思います。
レイチェル・マクアダムスの活躍を劇場の大画面で観たかったです！
by non_0101 (2006-07-01 23:54) 

そうですね。
今、映画館は増えているのですが、それ以上に上映される映画の本数が増えているんです。だから、ちょっとでもお客さんの入りが悪いと、すぐに上映は終わってしまいます。
よって、昔のようにロングランが出なくなってしまいました。
そして、アート系映画は壊滅的です。かつてのように自分で名作を探すという映画ファンはすっかり減ってしまいました。マーケティングと情報過多が原因です。こういう現象も寂しい限りです。
by DSilberling (2006-07-02 00:15) 

邦題のセンスの無さは昔から言われていますね
でも日本人が好みそうな、解りやすそうな（実は内容とは関係なかったり）
タイトルが付けられるのは宿命のようなものでしょうか？
ま、アメリカでも『上を向いて歩こう』が『スキヤキ』だったりしたわけですから
お互いさまなんでしょうね
自力でいい映画を探すしかないでしょう＾＾
こちらの記事は大変わかりやすく面白いですね♪
独りよがりな文章が多い中（私も含め）力を感じるブログです！
生意気でゴメンナサイ
また遊びに来ます
by かおり (2006-07-02 11:21) 

こんにちは♪
私のウェス監督のイメージは期待すると外れて、期待しないと当たるですｗ
基本的には好きな監督さんなので、いつも期待はしているのだけど…。
「壁の中に誰かがいる」が好きだ～♪
「RED　EYE」のタイトル通りに、なにかしら本編で赤い何かが関わるのかしら？！
DSilberlingさんのブログで観る気MAX！になりました(*^-^*)
by みこ (2006-07-02 16:41) 

こんにちは。この作品、早速借りてきて見ました。面白かったです。

近所のツタヤに行ったところ、新作コーナーの一番推しは『フライトプラン』でした。さて『RED EYE』は…と思ったら、同じコーナーで面陳で4枚ほど並んでいました。かなりいい扱いをされているみたいですね。

でも再生してみると、DVD のメインメニューがすべて英語のままだったり、チャプター選択画面でチャプター名がまったくつけられていなかったりと、お金かけてないなー感のにじみ出る商品になっています。まあ個人的にはチャプター名はないほうがすっきりしててよいと思っているのですが。でもメインメニューが日本語化されていないのは、日本では困る人が大勢いるのではないでしょうか。

さて作品は、ヒッチコックのようなひたひたとした恐怖感がよかったです。
細かな点で整合性がとれている、というご指摘に同感です。余談ですが、その意味で僕が一番好きな映画は『ダイハード』だったりします。
by けんご (2006-07-02 22:45) 

青い花さん、こんにちは。確かに邦題の付け方は難しいのですが、こういう良い映画はもう少し丁寧に扱ってほしいですね。
これからも宜しくお願いします。
by DSilberling (2006-07-03 00:25) 

かめさん、こんにちは。確かに期待していないと映画は面白く感じられますね。
この映画もそういうタイプなのかもしれません。私は映画の脚本を開発する仕事しているので、ヒッチコックばりの脚本に驚かされました。そして演出力に感心させられました。お時間あったら是非見てくださいね。
by DSilberling (2006-07-03 00:27) 

けんごさん、こんにちは。DVDをプレイヤーに入れると「日本語」か「English」か選択できます。ここで「日本語」を選択するとメニューは日本語になりますよ。
by DSilberling (2006-07-03 00:28) 

うわー！！
見てみたい！！

WOWOWとかで、何気なく見た作品が面白かったらとっても得した気分になります。
メディアで話題になっていてそうでもないのの逆です。(^_^;
配給元も内容より話題性なのかも知れませんね。

そういや、今日のWOWOWでスカイウォーカーランチがちらちら写ってました。
私設消防隊(?)のかっこいい制服も写ってました。(^_^)
by サダー (2006-07-03 00:52) 

サダーさん、こんにちは。
こういう隠れた名作をこれからも紹介していこうと思います。

宜しくお願いします。
by DSilberling (2006-07-03 09:03) 

うわ、メニュー選択できたんですね！
僕はてっきりあの「日本語」「英語」の選択は、吹き替えか字幕か、だと思い込んでいて、常に「英語」を選択していたのでした…。どうりでいつも字幕が表示されなかったわけだ…。

疑問がすっきり氷解しました。ありがとうございました。そしてDVD製作者の方々にお詫び申し上げます。早とちりしてしまってスミマセンでした… (^^;)
by けんご (2006-07-03 10:34) 

ユニバーサルのDVDも同じ作りですね。アメリカで複数国のDVDを一括生産しているのでしょう。
by DSilberling (2006-07-03 17:00) 

この間、レイチェル・マクアダムスの所で紹介されて私がメモった「RED EYE」は、パニック・フライトが邦題なんですね。「ミーンガール」でのレイチェル、最後はバスに轢かれて悲惨な病院生活でしたが、「負けないわよ」という雰囲気が伝わってくるので、暗くならない。きっと、この映画でも、恐怖に「負けないわよ」でがんばってくれることでしょう。
by TaekoLovesParis (2006-07-03 23:44) 

Taekoさん、こんにちは。そうなんです。かなり追いつめられますが今回も彼女は頑張ります。今年のお勧め映画の１本ですので、是非見てくださいね。
by DSilberling (2006-07-04 00:17) 

この映画は本当にお勧め。
久々に手に汗握りましたよ、僕も。
不遇なタイトルではありますが、
多くの方々にその真価を見ていただきたいですよね。
by jedioki (2006-07-05 02:44) 

jediokiさん、こんにちは。
そうですよね。この映画、思わぬ拾い物でした。
こういう映画って結構あるんですよね。
by DSilberling (2006-07-05 08:34)