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フロスト×ニクソン [アメリカ映画(00s)]

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Frost/Nixon(2008)

ハリウッドスタジオのエクゼクティブと食事をすることがあります。彼らは皆寛容なふりをしつつ繊細な心であることを感じます。もちろん大きな制作費を扱う仕事はとてもタフです。そして有名人や映画監督プロデューサー達と友好関係を築く必要があります。朝早くから夜遅くまで、我々のイメージするアメリカ人とは異なり、日本のビジネスマン以上に働く彼らの凄さには驚かされます。
そんな彼らに共通することがあります。それは、とても良い靴を履いているのです。きっと一足数十万する靴を磨き上げて履いているのです。仕立ての良いスーツを着込んでいるのは当たり前ですが、何故かハリウッドスタジオのエクゼクティブは明らかに高級な靴を履いています。

映画「フロスト×ニクソン」には、靴に纏わる話が登場します。勿論メインストーリーとは関係ない話なのですが、この靴という小さなキーワードが映画に輝きを与えているのです。

こんな書き出しだと、皆さんはこの映画がいったいどんな映画なんだ?と驚かれるでしょう。映画は、第37代アメリカ大統領、そして歴史上ただひとり、任期中に大統領を辞職したリチャード・ニクソンと彼をインタビューする若手インタビュアー デビッド・フロストの事実に基づいたお話です。私は、この映画の主人公デビッド・フロスト氏についてあまり詳しくは知りませんでした。そして、「○○ゲート事件」と呼ばれる元になったウォーターゲート事件に関しても新聞や雑誌による一般的な情報しか知りませんでした。私のような日本人にとってニクソン大統領やウォーターゲート事件は、遠い海の向こうの話でしかなかったのです。当然、この映画にもそれほど興味を持っていませんでした。しかし、数々の賞を受賞していて監督はロン・ハワードだと聞くと、とりあえず見てみようと思い劇場に足を運びました。

この映画は、2つの側面から実際にあった事件を描いています。ひとつは、大統領を引退したニクソンに初めてのインタビューを試みて、ニクソンの事件への関与を浮き彫りにしていくというドキドキするドラマ、そしてもうひとつは、テレビ番組が作られていくうえでの制作陣のバタバタとしたドラマです。映画を見ていない人は、きっとこの映画を前者だと思っていることでしょう。しかし見終わってみると実は後者のほうがストーリーの根幹を貫いていることがわかります。そして、最終的にはニクソンという大物とただのテレビレポーターという人物の人間性や本質をあぶり出していくのです。
シンプルに見えて実に心揺さぶられるこの映画は、ただの事実を映像化しただけではなく作り手が何度も検証した脚本によって成立している希に見る秀作だったのです。

調べてみると、この映画はもともと舞台だったそうです。映画で脚本を担当しているピーター・モーガンが手がけた同名の舞台が世界で上演されていました。舞台というものは、一度たりとも同じものが存在しない世界です。そこで何度も本が直され、映画の脚本に近づいていったのでしょう。細かな台詞は研ぎ澄まされ、ひとことひとことが心に刺さります。そして映画版のニクソン役であるフランク・ランジェラとフロスト役のマイケル・シーンは、オリジナル舞台の配役そのままです。何度も何度も舞台で演じてきた役を映画で演じ直しているのだから、うまくできて当たり前です。瞬き、手の動き方まで意味のある素晴らしい演技を見せてくれます。

映画は、ロン・ハワードの制作会社であるイマジン・エンターテイメントと契約配給会社であるユニバーサル・スタジオのロゴで始まります。その後、なんとワーキング・タイトルのクレジットが出てきます。ワーキング・タイトルは「ノッティング・ヒルの恋人」「ラブ・アクチュアリー」などを制作しているイギリスの会社なのです。なんでイギリスの会社がアメリカの汚点を描くのかわかりませんでしたが、デビッド・フロストはイギリス人だったのです。そしてこの映画を作るのに必要な資金が巻簡単には集まらず、ワーキング・タイトルに資金要請を行ったのでしょう。

ロン・ハワードは、ここで説明する必要もない名監督です。沢山の映画を監督し、沢山の映画賞を受賞してきました。彼が最も得意なのは実際にあった事件を再構築した映画化です。私は彼の作品の中で「アポロ13」が好きですが、そのほかに「バックドラフト」や「ビューティフル・マインド」などの作品を手がけています。勿論商業映画も得意で「スプラッシュ」「身代金」「ダ・ビンチ・コード」なども監督しています。そんな彼が久しぶりに挑んだテーマは、ニクソン大統領の起こしたウォーターゲート事件を追うわけではなく、引退したニクソンを描く「フロスト×ニクソン」でした。
脚本は、舞台を通して既に完成の域に達しており、役者も舞台からの続投です。こうなると監督の活躍する場がないように思われますが、ハワードだからこそできる素晴らしい演出と編集で観客の心を掴んでいきます。特に爆発やカーチェースがあるわけでもないのに2時間という上映時間を感じさせない見事な演出です。

そして、音楽はいつも派手な曲作りを得意とするハンス・ジマーがとても抑えた仕事をしています。「ミッション・インポッシブル」「パイレーツ・オブ・カリビアン」と同じ作曲家とは思えない歴史物語にあう重厚な楽曲を提供しています。

撮影はサルバトーレ・トチノ。開くレンズを多用した撮影技法には驚かされました。そして1970年代を描き出す艶やかな色合いはEFILMのカラーグレーディング・チームの技です。とにかく映像と質感が素晴らしく見入ってしまいました。

驚くべき史実、練り込まれた脚本、成熟した演技、素晴らしい演出、抑えられた芸術的な音楽、艶やかな映像とここまで各部署が磨き上げたファクターを持った映画は、名作になるしかありません。映画は、世界中の沢山の映画賞を受賞しました。第81回アカデミー賞では、作品賞を含む5部門にノミネートされましたがこの年は「スラムドッグ・ミリオネア」に賞が偏り、受賞できませんでした。

「フロスト×ニクソン」、この素晴らしい映画は、日本ではそれほどヒットしませんでしたが、映画好きは是非見ることをお勧めします。映画とは何かという答えがここに詰まっているのです。そして、こういう映画が日本できちんと評価される日がいつの日か来ることを願ってしまいます。

さて、靴の話に戻ります。どうやら高級な靴はハリウッドのエクゼクティブだけでなく、テレビ業界の人も拘っているようです。そして政治家も。そして靴によりその人の個性がこの映画で見え隠れしています。このあたり、是非お見逃しなく!

<フロスト×ニクソンをさらに掘り下げる>
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Frost/Nixon: Behind the Scenes of the Nixon Interviews

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コメント 11

Betty

先月、DVDで鑑賞したのですが・・なかなか記事に出来ません。
この映画の意味が分からなかったわけでも、つまらなかったわけでもないのですが、自分の言葉で感想を書くのが難しい1本です><;

確かに靴の件は印象に残りました。
フロストはニクソンの嫌味に気が付いていたのだと思いますか?
by Betty (2010-03-01 14:14) 

たいちさん

この映画は未見ですが、記事を読んで観たくなりました。レンタルDVDを探してみますね。日本でも足元(靴)を見て、人間を値踏みする風習がありますね。
by たいちさん (2010-03-01 15:40) 

naonao

お堅いお話で疲れるだろうな~と思って、題名だけで判断し無関心を装っていました。DSilberling さんのお勧めであればこれは観ないと!と思ってます。
by naonao (2010-03-01 20:54) 

rosemary

ノーマークでした。機会があったらぜひ見てみたいと思います。
by rosemary (2010-03-02 08:47) 

chako

舞台俳優がそのままというのも面白いですね。
じっくり見られる映画なんですね。探してみます。
by chako (2010-03-06 11:29) 

non_0101

こんにちは。
インタビューというよりは自分たちの人生をかけた決戦でしたね。
この二人の対決には手に汗を握りました。
昨年のアカデミー賞は「スラムドッグ$ミリオネア」一色でしたけど
脚色賞だけはこの作品にあげたかったなあと感じました。
by non_0101 (2010-03-06 16:01) 

ラブ

日本で舞台にもなりましたね。
見てみたくなりました。
by ラブ (2010-03-06 17:26) 

SAKANAKANE

>こういう映画が日本できちんと評価される日
本当に、来て欲しいですね。
by SAKANAKANE (2010-03-09 22:43) 

たいちさん

今日の深夜に、WOWOWで放送されますので、ビデオに録画しようと思っています。
by たいちさん (2010-03-12 11:07) 

てくてく

この前BSでレッドフォードとダスティン・ホフマンの
「大統領の陰謀」を観ました。
ウォーターゲート事件を追うワシントン・ポストの記者の話でした。
「フロスト×ニクソン」も観ないといけないですね^^
by てくてく (2010-03-26 19:50) 

ETCマンツーマン英会話

はじめまして。
知人から薦められて、たった今、DVDでフロスト×ニクソンを見終わったとこです。素晴らしい作品にちょと興奮気味です。
こちらで、「開くレンズを多用した撮影技法」「EFILMのカラーグレーディング・チーム」を読んでさらに興味を持ちました。できれば、映画館で見たかったです。

by ETCマンツーマン英会話 (2012-01-12 15:52) 

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