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アバター [アメリカ映画(00s)]

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AVATAR (2009)

当初の予想を超え、大ヒットしたSF大作「アバター」について記そうと思います。
監督は、ご存じジェームス・キャメロンです。VFXスタッフは、彼が作ったデジタル・ドメインではなく、ニュージーランドのWETAが中心となりました。

この映画が完成するまでに何故10年以上の時間がかかってしまったのかについて記したいと思います。実は、キャメロンは「タイタニック」制作前にこの作品を作りたいと考えていました。ストーリー自体はキャメロンが子供のころから何度も頭に描いていたのでした。しかし当時、この映画を実現する技術がなかったのです。その技術とは話題の「3D表現」ではなく、単に「映像化する技術」です。当時はまだコンピュータを使って映像を作り出す技術の黎明期だったため彼の頭の中にある映像を実際にビジュアル化するのには、沢山の問題がありました。

キャメロンは、映画のために技術を開発するちょっと変わった監督です。彼のように自分の作りたい映画のために新しい技術を開発する監督の先駆者は「スターウォーズ」のジョージ・ルーカスです。彼は「スターウォーズ」を映像化したくて自分でルーカスフィルム、そしてVFX専門会社ILMを立ち上げました。そこで、様々なカメラやレンズ、映像の合成装置を開発し、映画を完成させたのです。その後に続いたのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で有名なロバート・ゼメキスです。彼はモーション・キャプチャーという技術とCGに固執しました。役者さんが体中にポイントのついたスーツを着て何もないスタジオで演技をします。それをコンピュータで読み取って、CGアニメのキャラクターを動かす技術です。ゼメキスは「ポーラ・エキスプレス」でこの技術を高め、次の作品「ベオウルフ」で完成させました。現在ではゼメキスの功績によりゲームやアニメなどで幅広くこのモーション・キャプチャーという技術が使われるようになりました。

タイタニック」が大成功し、一生贅沢をして過ごせるほどの財産を手にしたキャメロンは、引退することなく次回作「アバター」の技術開発に集中していきます。ストーリー自体は、彼が子供の頃から考えていたアイデアが元になっています。そのストーリーにリアリティを持たせるため、科学者にコンタクトを取り実際の惑星の成り立ち、生命体の構造などの知識を取り入れ、映像的に破綻しないようブラッシュアップしていきました。この時点で、これから描き出そうとする新しい惑星を映像として完成させるのがとても大変なことがわかってきました。キャメロンは、リアリティのある「嘘」の世界を成立させるための技術を探していったのです。

一番難しい問題は、映画のほぼ全編に登場する惑星パンドラに住む住人達でした。青くて特徴のある顔を持つこの住人達、はじめは人間の役者に特殊メイクアップを施し、森の中で撮影するという方法も模索しましたが、キャメロン監督の望むレベルまで達することができないことがわかります。森自体も地球のそれとは異なった動植物が登場するのです。よって、キャラクターだけでなく背景も地球上で撮影するのはできないのでした。

そんな中、もうひとりの開発系監督ピーター・ジャクソンが、「ロード・オブ・ザ・リング」を発表しました。この映画に登場するゴラムというキャラクターは、映画史上初めて成功したCGキャラです。100%コンピュータで作られたゴラムは俳優アンディ・サーキスがモーション・キャプチャー・スーツを着て演じたデジタルデータを変換しています。なので動き自体と声はサーキスのものですが、それがCGのゴラムに置き換わっているのです。

ジャクソン監督はニュージーランド人です。彼は自国に新しい産業を興そうという気持ちもあり「ロード・オブ・ザ・リング」のためにWETAというVFX会社を作り、そこで映画に関わる全ての技術を作り出したのです。「ロード・オブ・ザ・リング」の世界的大成功の結果、ニュージーランドのGDPが上昇するという数字までたたき出し、映画産業はニュージーランドの新たな産業として成立しました。WETAは、その後ジャクソン監督の「キングコング」で、驚くほどリアルな巨大コングのCG化に成功しています(コングのベースもアンディ・サーキスが演じています)。

「ロード・オブ・ザ・リング」の映像を見たキャメロン監督は、遂にアバターを100%コンピュータ空間で作りだ出せることを確信しました。早速キャメロンはニュージーランドにいるピーター・ジャクソンに連絡を取ります。そしてWETAと共に「アバター」を作ることを決意しました。

キャメロンは「ターミネーター2」を作るためにVFX会社デジタル・ドメインをサンタモニカに作りました。しかし、この会社は経営のために普通のハリウッド映画の制作を手がけるようになり、キャメロンの思いとは違う方向で成功を収めていました。キャメロンは、「トランスフォーマー」でVFX会社を探していたマイケル・ベイ監督にデジタル・ドメインを売却し、WETAと共に「アバター」制作に賭けるという驚くべき手段を取りました。

そして、WETAのチームは、早速パンドラの設定をコンピュータ上に3Dで作りだし、キャラクターのモデリングも始めました。そこには、キャメロンが子供の頃から思い描いていた地球上にはない惑星ができあがっていたのです。

実際に「アバター」の制作が動き出したのは4年ほど前からです。それまでは、このように映像を作り出す技術の模索に時間がかかっていたのでした。さらに、キャメロンには、もうひとつ探し出さなければならない技術がありました ----- それが3Dの撮影システムです。

映画の3D上映技術は、かなり古くから存在していました。
一番古いのは、赤と青のフィルムがついたメガネで見ると立体的になるアナグリフという方式で1850年代には、映画館で飛び出す映画が上映されていました。しかし、この技術は定着しませんでした。
次に登場したのは偏光レンズを使う立体映画です。これは、レンズの傾きによって左右の目に錯覚を起こさせる技術です。メガネは透明なプラスティック製です。ディズニーランドの「キャプテンEO」や「ミクロキッズ・アドベンチャー」などがこの技術で上映されています。
もうひとつの方式は液晶シャッターの着いたメガネを通して立体映像を脳内に作り出すシステムです。この技術、1980年代にビクターによって生産されていました。実は私は当時この液晶シャッターシステムを購入し、今でも自宅に持っています。当時は映画はVHDという規格で販売されており「13日の金曜日3D」「ジョーズ3D」幻の「ダイヤルMを廻せ!3D」などが商品化されていたのです。80年代当時、私は自宅でこれら3D映画を見て熱狂していたのですが、何故か一般には普及しませんでした。理由は液晶メガネにあったのだと思います。液晶で左右の目を交互に隠すという構造はかなり複雑で、当時のメガネはかけられる物ではなく、頭にヘアバンドのような物を装着し、そこにメガネをつるすような重い帽子のようなものでした。当時、立体映画にはとても興奮したのですが、映画一本を見終わると首がとても疲れました。しかも映像とメガネのシャッターが同期する必要があり、プレイヤーからメガネにケーブルが繋がっていたのです。

さて、キャメロン監督は、3D撮影システムをどう解決したのでしょうか。
キャメロン監督は「ターミネーター2」撮影後に、「ターミネーター2 3D」を監督しています。これはユニバーサルスタジオ用のアトラクションです。USJにもあるので見た方もいると思います。この制作で監督は3Dの基礎を勉強しました。そして上映は偏光レンズで行われました。
監督は「タイタニック」後に1本のドキュメンタリーの監督をしました。それは、実際に海に沈んだタイタニック号を立体撮影するという作品です。日本でもこの作品はアイマックスで偏光レンズ方式により上映されました。このようにキャメロン監督は、「アバター」前に2本の3D映画を制作し、様々なテストを行っていたのです。
「ターミネーター2 3D」の時は2台の35mmカメラを使って左右の映像を撮影しました。これはかなり巨大で重く、撮影に様々な制約が生じました。ドキュメンタリーでは、潜水艦に乗る小さなカメラが必要になりました。そこでキャメロンは来日しSONYと一緒に新しい3Dデジタルカメラを開発していたのです。
このSony製カメラをベースに「アバター」用に新しく3D撮影カメラを開発しました。

上映はReal D社、XpanD社、ドルビー社などによる最新のデジタル3D方式で上映することにしたのです。

液晶シャッター式に関しては、既に「アバター」3D版(Xpan版)を見た方はわかると思いますが、80年代の帽子のような有線メガネではなく、現代の液晶シャッター式メガネは普通のメガネとあまり変わりがありません。ちょっとだけ大きいだけです。メガネの真ん中には赤外線受信装置がついていて、劇場では、上映される映像に同期させるための赤外線電波が飛んでいます。この電波をメガネで受け、左右の目を高速シャッターで塞いだり解放したりしています。メガネの中には電池が内蔵されているので、ちょっとだけ重いですが2時間30分の映画を見ても首が痛くなるようなことはありません。

映画「アバター」を完成させるためにキャメロン監督は10年に及ぶ長い技術開発をしていたっと言っても過言ではありません。監督は、遂に今までにない映像を3Dで客さんに届けることに成功しました。その影には沢山の別の作品で培われた技術がベースとなっていることがわかっていただけたでしょう。もし「アバター」を見て映像に驚かれた方は、ここで紹介したルーカス、ゼメキス、ジャクソンら開発系監督の作品をDVDで見返してください。それら作品のDNAが「アバター」に結びついていることがわかるはずです。

さて、今後の3D映画ですが、3Dだから全てが綺麗な立体に見えるわけではないのでご注意ください。撮影技術と上映技術は「アバター」によって完成しました。しかし映像表現は監督やカメラマンによって異なります。キャメロン監督のように立体映像技術を10年もかけて勉強した人ならば、疲れないでストーリーテリングな映画の制作ができるでしょう。しかし、立体映像の特性や制作技術に精通していない監督が3D映画を作ると、見せ物小屋的な駄作になってしまう可能性がとても高いのです。私が危惧しているのは邦画です。きっと技術に踊らされて安易な3D映画が量産されるはずです。残念ながらきちんと3D技術を理解して映画の脚本を作り、知識のある技術陣がそれをサポートするという体勢が日本で作れることはしばらくないでしょう。

「立体映画なんてあたるわけない」、「アバターはアメリカでヒットするが世界的には大失敗だ」とおおくの日本にいる映画関係者は発言していました。しかし、日本マーケットでは80億円規模のヒットになるそうです。これは大ヒットです。

マーケティング至上主義の日本映画界、いつもチャレンジして新しい驚きを提供してくれるキャメロン監督、私は後者に映画の未来があるのだと思います。

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brownball1109

>私が危惧しているのは邦画です。

いつの日か胸を張って観れる邦画が現れますよ。
by brownball1109 (2010-01-14 18:59) 

nomame

ますます観にいきたくなりました!
by nomame (2010-01-14 20:04) 

Betty

この映画の映像の美しさに感動した一人です。
映像・映画の世界が変わっているのを自分の目で実体験していると、感じました。
時代で変わっていくその変化に遅れないよう貪欲に求めていたいです。

by Betty (2010-01-14 21:43) 

かおり

「ロード・オブ・ザ・リング」のゴーラムの存在感はすごかったです!
「トランスフォーマー」の映像もとても面白かったですし♪
"リアリティのある「嘘」" の世界にこだわり、技術開発から取り組む。
映画の世界の奥深さを感じさせてくれますね♥
「アバター」とても気になっています。
時間を作って3D体験したいですねー^^
日本の映画界もきっともっと良くなっていくのではないでしょうか
期待しています!
by かおり (2010-01-15 00:08) 

non_0101

日本でも大ヒットしましたね。
とても見応えのある映像に魅了されました。
1つの作品を作り上げるまでに、ここまで技術的に苦労していたのですね。
その努力が実って本当に良かったです。
by non_0101 (2010-01-15 00:18) 

tomoart

なんでWETAなんだろう、と思っていました。納得!
邦画の3D映画は当分まともに作られないと思っています。そんなのよりお手軽な手法で今は手一杯ですし(汗)。
by tomoart (2010-01-15 03:21) 

ジジョ

今回の記事も、とっても読み応えありました!!
まさに「裏側」ですね☆
次にアバター観る時は、また違った目線で観れそうです♪
by ジジョ (2010-01-15 05:36) 

ももね

私も昨日、アバターを観に行ったのですが、
記事を読ませて頂いて、3Dにすれば良かったかな・・と
ちょっと思いました。
あの世界観をキャメロン監督が子供の頃に思い描いていた。
というのにもビックリです。
凡人にはなかなか出てこない世界観ですね^^;

by ももね (2010-01-17 01:11) 

DSilberling

brownball1109さん、こんにちは。
素晴らしい3D邦画が完成することを望んでいます。
by DSilberling (2010-01-26 12:10) 

DSilberling

nomameさん、こんにちは。
個人的にはXpanの液晶シャッター方式をおすすめします。
by DSilberling (2010-01-26 12:10) 

DSilberling

Bettyさん、こんにちは。
いろいろな方式で見てください。
印象が違いますよ。
by DSilberling (2010-01-26 12:11) 

DSilberling

かおりさん、こんにちは。
キャメロンの次回作が楽しみですね。
原発映画も気になります。
by DSilberling (2010-01-26 12:12) 

DSilberling

nonさん、こんにちは。
こういう技術の努力、お客さんには宣伝できないのですが、ちゃんとやるのがプロです。日本映画界も早く技術に注力して欲しいですね。
by DSilberling (2010-01-26 12:13) 

DSilberling

tomoartさん、こんにちは。
本気で映画を作っているキャメロン、それに応えるお客さん、とても言い関係です。
日本もお客さんが自分の目を持って欲しいものです。
by DSilberling (2010-01-26 12:14) 

DSilberling

ジジョさん、こんにちは。
評価ありがとうございます。
次回も他では知ることのできない情報を提供します。
by DSilberling (2010-01-26 12:15) 

DSilberling

ももねさん、こんにちは。
アバターはキャメロンが3D技術で作りたかった映画です。是非IMAX3Dでご覧ください。ちなみにIMAXだけが画面サイズが違います。普通の映画館より広い映像が映っていますよ。
by DSilberling (2010-01-26 12:17) 

アイスっこ

アバターの惑星パンドラの
世界に魅せられました。
素敵な映像でした。
by アイスっこ (2010-01-26 17:53) 

ぷーちゃん

大ヒットですね。
未だ観てませんが、観なくては。
by ぷーちゃん (2010-01-26 20:22) 

inuneko

うわー!
叫び声をあげたくなるほど、勉強になりました!
なんてゆたかな映画の楽しみ方でしょう!
そういえば邦画の3Dはホラーから始まったらしいですね。いつか日本からも素敵な3D作品が生まれることを期待!…期待!
by inuneko (2010-02-04 18:10) 

ぶぅ

「世界的には大失敗だ」なんて言ってたんですか。
なんかがっかりな映画関係者ですね。
アバターは本当にいいでした☆彡

by ぶぅ (2010-02-04 21:28) 

duke

なるほど、10年の構想、4年の製作期間の内容がわかって、一層重みが増しました。ありがとうございます!!
by duke (2010-02-04 22:25) 

paraden

ここまで詳細に説明頂くと、非常に説得力があり、
物凄く参考になります。
確かに戦慄迷宮3Dのような残念な邦画もありましたから、
そういった点でもより理解が深まりました。
有難うございました。
by paraden (2010-02-05 09:07) 

yukio

ご訪問&niceありがとうございます!
どうぞ良いことありますように!
by yukio (2010-02-05 09:21) 

DSilberling

アイスっこさん、こんにちは。
この作品アカデミー賞の美術賞にノミネートされました。
by DSilberling (2010-02-06 13:23) 

DSilberling

ぷーちゃんさん、こんにちは。
この映画は、劇場で必見です。
この機会を逃したら後で後悔しますよ。
by DSilberling (2010-02-06 13:24) 

DSilberling

inunekoさん、こんにちは。
是非過去のブログも読んでみてください。
by DSilberling (2010-02-06 13:25) 

DSilberling

ぶぅさん、こんにちは。
世界的に見ると日本が一番ヒットしていないんだそうです。
日本のお客さんは宣伝に最も影響されるそうです。
自分の目を持っていないのが残念ですね。
by DSilberling (2010-02-06 13:26) 

DSilberling

dukeさん、こんにちは。
今後も映画の裏側を紹介していきます。
宜しくお願いします。
by DSilberling (2010-02-06 13:27) 

DSilberling

paradenさん、こんにちは。
映画って、制作の裏側を知るとより楽しめますよ。
by DSilberling (2010-02-06 13:28) 

たいちさん

ゴールデンブローブ賞を受賞したので、慌てて観に行きました。平日の午前でしたが満員でしたね。IMAX3Dの映像は素晴らしかったですね。
by たいちさん (2010-02-08 13:07) 

freesoft

3Dの画像は矢が飛んできたり、目の前に葉っぱがひらひらと落ちて着たり、素晴らしかったです。
でも、ストーリーもよかったですよ。
パナソニック 46V型 ブルーレイディスク+500GB HDD内蔵 3D対応フルハイビジョンプラズマテレビ VIERA TH-P46RT2B 購入の特典でもらった、ブルーレイで見ました。

by freesoft (2010-11-16 09:09) 

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