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沈まぬ太陽 [日本映画]

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沈まぬ太陽 (2009)

山崎豊子による5冊に及ぶ大作を映像化した映画史に残る作品を紹介します。

この原作本は、1999年に出版され当時ベストセラーになりました。勿論現在でも売れています。原作者の山崎豊子は、「白い巨塔」「二つの祖国」「大地の子」など、実際に起こった歴史的事件と、そこにいあわせ人生を翻弄された人物を綿密にリサーチして、それを再構築するというスタイルで人気の作家です。

「沈まぬ太陽」は、1985年に起きた日航機墜落事故をリサーチする内に見えてきた事故の真相を描いています。といってもこの原作小説はフィクションということになっています。この小説に登場する企業や人物は全て想像によるもので、実際の企業や人物に似ていてもそれはたんなる偶然によるものだそうです。何故こんな変な記述がついているのか?それは、実際に事件に関係のあった人たちが、原作者を訴える可能性があるからなのです。あくまでフィクションといいきることによって、かなり際どいですが強引に事実を含んだ小説を出版していると考えてもおかしくないでしょう。

これだけ、ギリギリの内容の小説を刊行したのには理由があります。「沈まぬ太陽」には、JAL、いや国民航空は、事故当時、社内がおかしなことになっていて、事故は偶発的に起きたわけではなく実は起こるべくして起きていたという真相が克明に書かれているのでした。山崎豊子は、自身が知ってしまった事故の真相をどうしても世の中に公表したかったのだと思います。単なる圧力隔壁の破壊によって事故は起きたのではなく、会社自体に事故を起こす根源があったということを公にしないといけないという使命感があったはずです。勿論、山崎豊子は、小説家としてもちゃんと仕事をしています。ある国民航空社員・恩地元を軸に、会社の暗部、そして政治家の暗部を見事に暴露しつつ、小説としてとても面白い「読み物」に仕上げているのです。

小説が発売されてから、沢山の人がこの本を読み、事件の裏側を知り憤りを覚えました。そして、おおくの映像製作者が、この小説の映像化を試みました。しかし、20年もの間、映像化はされなかったのでした。

1999年の発売直後から、複数の映像関係の会社から出版社へ映像化の申し出がありました。まずは、当時映画界の暴れ者、徳間康快(大映社長)が東映との共同制作を発表します。しかし徳間氏が死去してしまい映画化は流れてしまいました。
その後、数社が映像化をオファーしました。結果、山崎豊子が納得できる会社が選ばれ、プロットを作り始めるのですが、そこでつまずいてしまいました。山崎豊子という原作者は自分の作品の映像化に大変厳しい方です。いい加減な映像化は許さないそうです。特に自分が大切に思う3作品に関してはとても厳しいチェックを行うのだそうです。この3作がどれなのかについては言及しませんが、そのうちの1本は「沈まぬ太陽」だったのです。いくつかの会社がアプローチをし、作家のNGを受けたそうです。映像化に時間がかかってしまったひとつの理由は、原作者の作品に対する強い思いだったのかもしれません。

映像化できなかった別の理由。それはやはり扱っている事件でした。フィクションと言いながら読んでいる人のおおくは、国民航空がどの企業なのか、首相が誰なのか、社長が誰なのか、扱われている事件がなんなのか、全て頭に浮かんでしまうのです。その頭に浮かんだ企業や個人が様々な妨害工作を繰り広げたのです。確かに、事故の真相が実は企業体質にあったといわれたら、現存する企業への打撃は大きいでしょう。引退していても政治家にとって過去の汚職について書かれるのは気持ちが良いものではありません。彼らは抵抗勢力となり、ありとあらゆる妨害を行いました。
映像化をしそうな企業への圧力はかなりの頻度で行われました。
事実として公になっている事例を紹介しましょう。「沈まぬ太陽」が週刊新潮に連載中、日本航空は雑誌販売のサービスと機内搭載をやめています。今回の映画化に際し、日本航空は角川書店に対し2度警告文を送っています。他にも、表沙汰になってはいませんが、沢山の抵抗をし続けました。結果、これが功を奏し、映像化は20年も阻まれてきたのでした。

そして、もうひとつの理由。それは、映像化の予算繰りに高いハードルがあったのだと思います。山崎豊子は、1本の映画に5冊に及ぶ小説の内容を盛り込むのが映像化の条件だと指示したのでした。かなり分厚い5冊には恩地元という主人公が国民航空に入社してから何十年にも及ぶ人生が描かれています。そこには労働組合の問題、僻地への左遷、航空機事故、事故処理、会社の再建という大きな柱がありました。さらに会社幹部の不正などおおくのサブストーリーが含まれ、2時間という枠に全てを収めようとすると、ダイジェスト版のようなストーリーとなり映画としての魅力が完全になくなってしまいます。
さらにアフリカ、イラン、パキスタン、ニューヨークでの大規模撮影には費用と時間を要すことがわかっていました。事故の再現はさらに大変です。飛行機の残骸を山に置きあの事故を忠実に再現しなければならないのです。
脚本の制作が困難であり、しかも全てを描くとなると予算も莫大な金額になることは明らかでした。

この時点でおおくの企業は撤退を始めます。気持ち的には作りたいのですが、1企業がヒットするかどうかわからない映画に数十億という規模の予算を投下することは難しいです。さらにテレビ局や出版社は、抵抗勢力からの出稿停止という恐ろしいいじめにあう可能性があるのです。

さらにマスコミ各社は、事故で犠牲になられた方の遺族への配慮もすべきでした。こうなると、殆どの企画者の腰が砕けていくのでした。

そんな中、角川書店に吸収合併された大映のスタッフは、なんとか映画化ができないものか模索を続けていました。最終的には出稿停止のリスクを抱えながら角川書店のマネージメントがGOサインを出します。今の日本において数少ないトップの力が強い会社ならではの決断です。残念ながらテレビ局各局は、日本航空及び政治家からの抵抗を恐れ、遺族の気持ちも配慮するという理由で制作出資を断念しました。

脚本は、原作者の意向通りすべての要素を盛り込む形で作られました。脚本段階で上映時間は4時間近くに及ぶことがわかっていました。これは何を意味するのでしょう。映画館では1回に1800円の入場料を受け取ります。普通の映画であれば1日4回程度上映が行われます。これが2回程度になってしまうのです。単純に入場料収入は半分近くに減ってしまうという問題が起こります。さらに、映画館ではフィルムでの上映が行われているのですが、通常は6巻程度のフィルムにわけて劇場に送られます。これはマザーフィルムからフィルムをコピーして1劇場1梱包発送されます。しかし4時間という長い映画の場合、12巻となり、コピー代金は倍、発送料も増えることになります。要はビジネス的に考えると、長い映画は儲からないということになるのです。
それでもこの企画をGOした角川会長は、凄い人だなあと思います。

映画は、経験値のある監督ということで共同テレビに所属する若松節朗にオファーが行きました。若松氏は、この仕事を受け長い作業に入ります。当初制作はフジテレビの関連企業である共同テレビが行う予定でしたが、共同テレビは制作を降りてしまい、最終的には角川映画が制作をすることになりました。現場スタッフはベテラン揃いです。なんとかこの企画を成立させるべく準備が始まりました。

撮影隊は、ケニア、タイ、イランへ飛び撮影を行うための準備を開始しました。そんな中キャストが発表になりました。主役の恩地元には渡辺謙、恩地と対立する行天四郎には三浦友和、その他オールスターキャストという布陣です。この時点で制作費は10億を軽く越え、日本映画としては破格の制作費になることは間違いありませんでした。
それでもプロデューサー・チームは予算の削減を図り、海外はビデオ撮影(国内はフィルム撮影)、ニューヨークへのロケは行わないことなど努力をしました。

結果、制作費は15億を超え、上映時間は3時間30分、フィルム・プリント費や宣伝費を含めた投資額は20億円を越えてしまいました。ここまで予算を投下した邦画は近年ありません。
角川書店は大ばくちに打って出たのでした。

公開予定日は、2009年10月24日。配給は東宝です。東宝は宣伝が上手く、他社に比べヒット作がおおいことで知られています。しかしこの作品はテレビでの宣伝がほとんどできませんでした。報復を恐れたテレビ局は、「沈まぬ太陽」のパブリシティ宣伝を控えてしまったのです。できることといったら地味な文字による宣伝活動です。これには宣伝チームも相当苦労したようです。
そんな中、追い風も吹きました。日本航空の経営が傾き、このままだと年内に倒産の危機を迎えるというのです。このニュースは世界中で報道され、国交省は外資の資本注入で幕引きをしようと企みました。そんな中、選挙で自民党が大敗し民主党が与党になり、前原国交大臣は、航空行政に切り込んでいったのです。これは、JAL123便事故以来やっと日本航空に本格的に切り込んだメスとなりました。日本航空の社内で行われていた闇の部分が露わになり、航空行政の闇まで暴かれることになりそうな気配です。
日航の問題の根本は20年前に山崎豊子が「沈まぬ太陽」で書いてきたことでした。このニュースにより小説版「沈まぬ太陽」は書店に平積みされ販売数を伸ばしました。

公開日。劇場には沢山のお客さんが詰めかけました。おおくが年配のお客さんでした。実際に日航機事故の時どこかで事件を体験した人々です。そしておおくの航空関係者も劇場を訪れました。しかし、上映時間が長いという問題から興行収入は30億円前後だと予想されました。30億というと普通は大ヒットなのですが、この映画は投資額が大きすぎたためビジネス的な結果は赤字です。

映画はスタッフ、キャストが苦労しただけあり見事な映画として仕上がっています。昭和史に残る事件を見事に描きだし、ストーリーも興味深いものになっています。今後は、小説版と同様息の長い商品として地味にお金を稼ぎ、いずれは、投資資金も回収できるかもしれません。

「沈まぬ太陽」に登場する架空の会社や人物。私には勝手ながら明確にイメージできることができます。その殆どが既に亡くなられています。会社も存続が危うくなってきました。この映画が世の中に出ることが出来たのは、スタッフの努力の他に、時間というものがおおきく作用しているのかもしれません。

この映画を見て思うのは、このような事故が起きないよう関係者はシステムを改めて欲しいということです。そして国民航空と同じような企業体質の会社は日本に沢山あります。少しでもこういう企業が減って欲しいということです。そして何の罪もないのに命を落とした被害者、そして遺族の方に黙祷したい気持ちです。

「沈まぬ太陽」は、事故を知らない世代の方や、映画化に抵抗していた方々にも見ていただきたい作品です。そんな歴史の1ページのお話でした。

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nomame

記事を拝見して、鑑賞した感激が蘇ってきました。
製作・上映までの道のりもドラマになりそうな気がしました。

by nomame (2009-11-24 20:07) 

naonao

素晴らしい映画でした。
インターミッションの入る長い映画にもかかわらずその長さが全く気にならないほどのめり込んで見入ってました。
赤字も覚悟で、そして何より様々な抵抗勢力がある中、こういった映画が作られたことに拍手を送りたいです。
そしてやはり多くの人に観てもらいたい映画だと思いました。
by naonao (2009-11-24 22:08) 

たいちさん

このような映画が製作される事自体、驚きでした。ヤッタという気持ちです。渡辺謙さんが、涙ながらにインタビューを受けていたのが、それを物語っていますね。これは絶対観なくてはと思っている映画です。
by たいちさん (2009-11-25 12:59) 

chako

ご訪問ありがとうございました。

この映画が、こんなに奥深いもので、しかもこのような生みの苦しみを辿ったものでとは知りませんでした。
機会があったら観に行きたいと思いました。
他の記事も面白いですね。
by chako (2009-11-29 11:36) 

chako

すみません、アモレンズってどんなレンズですか?どのような効果があるのでしょうか?
by chako (2009-11-29 11:42) 

non_0101

こんにちは。
やっぱり見応えのある作品なのですね!
早く観なくちゃと、ずっと前売券を握り締めています。
今週こそチャレンジしたいです☆
by non_0101 (2009-11-29 12:54) 

DSilberling

nomameさん、こんにちは。
そうですね。映画の完成までが映画のようです。
by DSilberling (2009-11-29 13:09) 

DSilberling

naonaoさん、こんにちは。
こういう作品はちゃんとヒットして黒字化すべきですね。そうしないと後が続きません。日本人は、自分で映画の善し悪しを見極めることができるようになるのでしょうか?TVCMだけで映画に行くのをそろそろ辞めて欲しいですね。
by DSilberling (2009-11-29 13:11) 

DSilberling

たいちさん、こんにちは。
謙さんが泣いていたのは、この映画の制作に関わった人々、そして映画に描かれている実際に辛い思いをした方々の思いからです。
今、JALで問題を起こしているのは、映画で描かれた行天のような人々ですね。とても残念です。
by DSilberling (2009-11-29 13:13) 

DSilberling

chakoさん、こんにちは。
映画って実はいろいろと裏話があり、それが結実して上映されています。ドラマのように流れ作業で作られてはいないのです。
そういった裏事情を知ってから映画を見ると、映画の奥深さが分かりより楽しめると思うんです。
このブログではそんな知られざる裏話をお伝えしていきます。
by DSilberling (2009-11-29 13:15) 

DSilberling

アモレンズは、シネマスコープの映像を撮影するレンズです。映画のフィルムは4:3です。そのまま撮影すると昔のテレビと同じサイズです。それの上下に黒いマスクをかけ撮影するとビスタサイズになります。これは今のデジタルテレビとほぼ同じサイズです。
かつて映画は、テレビと差別化を図るため超ワイド画面になりました。これがシネマスコープサイズです。しかし、この横長サイズは、フィルムに収めるときマスクをかけると映像を記録する場所が少なくなり映画館で上映すると画質が下がってしまうんです。

そこで、アナモフィックレンズが開発されました。カメラの前にこのレンズを取り付けると絵が縦圧縮されフィルムに記録されます。なのでフィルムを現像すると映像は全て細長く写ってます。それを編集して、今度は解凍レンズを使って元に戻し映画館で上映するのです。画質を保持しながら超ワイド画面を作ることにしたレンズです。

洋画では今でもこのレンズが盛んに使われていますが、日本では予算の関係であまり使われていません。

このレンズについてはいづれ詳しくお話ししようと思います。
by DSilberling (2009-11-29 13:22) 

DSilberling

nonさん、こんにちは。
「沈まぬ太陽」是非映画館でご覧ください。
by DSilberling (2009-11-29 13:23) 

Zunko

こんにちは。今回10月の終わりに数日間一時帰国した時、この映画が丁度上映され、渡辺謙の涙の会見をTVで見ましたが、4時間弱の映画に時間が取れず、映画は見る事ができませんでした。が原作を買って、読んでいます。DVDが出たら、是非買いたいと思います。。。
by Zunko (2009-11-29 18:03) 

なちゃ

先日はご訪問ありがとうございます
原作は読みましたが、映画化されたのがまず驚きです
ぜひ見に行きたいです
by なちゃ (2009-12-01 08:37) 

SilverMac

映画化までの裏話、大変興味深く読みました。航空関係の仕事でしたので、人物も特定できるこの作品を造りあげた関係諸氏の不屈の精神に感動しました。映画は封切り初日に観ました。
by SilverMac (2009-12-03 11:23) 

桔梗之介

ご訪問&NICEありがとうございます。
この作品も見ようかなとは思いましたが、長尺にいささか気がひけておりました。
でもこちらの記事を読んで、やはり見ておくべきと考えました。
by 桔梗之介 (2009-12-03 15:00) 

ぼんぼちぼちぼち

大変興味深く読ませていただきやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2009-12-04 11:34) 

かおり

よくぞ映画化されたと思っていますよ♪
道のりは長く険しかったと思いますが
それだけの作品になっているのでしょうね♥
私も渡辺謙さんの涙を見て胸が熱くなりました
ぜひ劇場で観たいと思っています。
by かおり (2009-12-04 19:09) 

DSilberling

Zunkoさん、こんにちは。
この映画、できればスクリーンで見てほしかったです。
最近は、こういう骨太作品減ってしまったので残念です。
by DSilberling (2009-12-06 00:50) 

DSilberling

なちゃさん、こんにちは。
原作をうまくまとめていますよ。でもちゃんと感情移入できる映画になっています。監督の演出力に脱帽です。
by DSilberling (2009-12-06 00:51) 

DSilberling

SilverMacさん、こんにちは。
あまりに登場人物が想像できちゃうので、ひやひやしましたが、よくぞ映像化してくれたと感心しました。
by DSilberling (2009-12-06 00:52) 

DSilberling

桔梗之介さん、こんにちは。
やはり今を生きた証に見ておくべきだと....
by DSilberling (2009-12-06 00:53) 

DSilberling

かおりさん、こんにちは。
そうですね、是非劇場で!
by DSilberling (2009-12-06 00:53) 

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