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ロード・オブ・ザ・リング [アメリカ映画(00s)]


The Lord of the Rings (2001)

J.R.R.トールキンのベストセラー小説の映画化で、歴史に残るアカデミー賞受賞作です。

監督のピーター・ジャクソンは、ニュージーランド生まれで若い頃は地味に映画産業で働いていました。当時は「Bad Taste」(1987)のような悪趣味のホラー映画を作っていたようです。その頃、彼はニュージーランド政府が映画産業に税金を投入することを知り、早速応募しました。政府に資金提供を依頼した作品は「ブレインデッド」というスプラッタホラーで、とにかく血しぶき満載のグロテスクな映画企画でした。こんな企画に資金を出してくれるはずがないと考えるのが普通ですが、ニュージーランド政府はこのホラー映画に税金を投入します。そして、豚の血を2トン使った「ブレインデッド」は無事製作されます。当時、私は劇場で「ブレインデッド」を見ましたが映画がはじまる前にニュージーランド国旗が映し出され国家が流れたのには驚かされました。ニュージーランド政府は寛大だったのか、映画の内容をチェックし忘れたのかわかりませんが、とにかく政府はとんでもないホラー映画に血税を支払ったのです。そして、この映画が完成したおかげで、ピーター・ジャクソン監督は世界中に知られることになります。「ブレインデッド」は当時のスプラッター映画ブームに乗り、世界中で公開されました。そして、ホラー映画ですが、意外としっかりしたストーリー展開や編集が行われて言いることに気づいた人々がいたのです。

「ブレインデッド」で監督の実力を認められたジャクソンは、ハリウッド(ユニバーサルピクチャー)に呼ばれます。そしてマイケル・J・フォックス主演で「さまよう魂たち」(1996)というコメディホラーを監督します。この映画、とてもハリウッド映画らしくメジャーに出来ています。あまりジャクソンらしさが感じられません。おそらくユニバーサルのエクゼクティブに相当押さえ込まれたのでしょう。映画は悪くはありませんが、大ヒットとまでは行きませんでした。ジャクソンは「ハリウッド・ジェイル」に入ります。映画がコケると、暫くはスタジオから声がかからなくなるのです。

ジャクソンは、「さまよう魂たち」以降5年間1本も監督できませんでした。完全にハリウッドから見放されてしまったのです。しかし、彼は自分で壮大な計画を練っていました。それは、世界的に有名な「ロード・オブ・ザ・リング」を完全映像化するというものでした。原作はどう頑張っても2時間に収められませんでした。そこでジャクソンは思い切った決断を下します。それは「ロード・オブ・ザ・リング」を3作にわけ、同時に製作するというものでした。映画史上1つの話を3つに区切って公開するといったことが行われたことはありませんでした。何故ならパート1では、ストーリーは中途半端に終了し、パート2は途中から始まり途中で終わるのです。おそらくパート1が大ヒットしない限り、続編の成功は望めませんでした。

しかし、完全映像化を目指すジャクソンはこの3部作の同時製作は妥協せず、企画を世界中の映画会社に売り込みました。これほどリスクのある企画はそう簡単に認められず、出資者は集まりませんでした。そんな状況下、アメリカのニューラインシネマが出資にGOサインを出します。ただ全額出資するにはあまりに大きな制作費だったため、映画の配給権を各国毎に切り分けプリセール(企画の前売)という形で資金を集めました。例えば、日本の場合、制作費の10%を日本での映画公開権と引き換えに前払いさせたのです。制作費の10%というのはかなり莫大な数字です。日本では松竹映画と日本ヘラルド映画が幹事となって、さらに複数社から資金調達しました。

このように、世界中の相当数の会社が少しずつ資金を前払いして莫大な制作費を集めていったのです。それでも資金調達はなかなか進まず、この企画を進めようとしたニューラインのスタッフはほぼ全員更迭されてしまいました。資金がようやく集まり、映画の撮影が始まる頃にはニューラインの「ロード・オブ・ザ・リング」推進派は皆解雇され残っていなかったそうです。当時はこの映画のおかげでニューライン自体が倒産すると言われる程でした。

ジャクソンは、「さまよう魂たち」でハリウッドにとても辛い目にあわされた経験から、なるべくメジャースタジオの力が及ばないように「ロード・オブ・ザ・リング」の製作をはじめました。資金調達はハリウッドのメジャースタジオではない小さなニューライン。撮影は全編ニュージーランド、フィルムはフジフィルムです。CGやVFXに関しては、ハリウッドにしか請け負う会社がなかったのですが、ジャクソンは自分でWETAという工房をニュージーランドに作ってしまいました。

こうして、なんとか資金が集まった巨大な計画がスタートしました。公開は以下のようになりました:

The Lord of the Rings : The Fellowship of the Ring (2001) 
 邦題:ロード・オブ・ザ・リング
The Lord of the Rings : The Two Towers (2002) 
 邦題:ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔
The Lord of the Rings : The Return of the King (2003) 
 邦題:ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還

映画業界の誰もが無謀な企画だと思いました。成功を確信していたのはジャクソン本人だけだったのではないでしょうか。映画はほとんど誰の影響も受けず、ジャクソンのクリエイティブ力だけで推進されました。そして2000年のカンヌ映画祭で、フッテージと呼ばれる20分程のダイジェストが公開されたのです。

この上映をきっかけに映画界の風向きが180度変わったのです。そこに映し出された映像は予想を遥かに上回る素晴らしいものでした。そして原作を忠実に再現していることも確認できたのです。カンヌから世界中にこの情報が広がって行きました。

そしていよいよ2001年の公開です。映画は企画当初の悲観論が嘘のように世界中で大ヒットしました。そしてピーター・ジャクソンという素晴らしい監督が誕生したのです。「ブレインデッド」を作った監督だという人はもはや誰もいませんでした。

続くパート2も3も大ヒットです。これはハリウッドも認め、パート3は、2003年度のアカデミー賞を総なめにしました。ジャクソンはアカデミー賞で涙ながらに感謝の念を述べました。かつて酷い仕打ちをしたハリウッドが、今度は暖かく迎えてくれたのです。

ジャクソンは、映画が完結してハリウッドにも認められ、満足してゆっくり休暇をとるのかと思ったら、すぐに編集室に戻ってしまいます。パート3のエクステンド版の編集が終わっていなかったからです。実は、ジャクソンは映画の完全版を製作していたのですが、あまりにも長い上映時間のため、やむなくカットしていたのです。ファンのためにカットしていない完全版をDVDで発売するため、彼はこの作業に没頭しました。

そして遂に、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズは完成したのです。現在、DVDで完全版を見ることができます。全て見ると10時間を越える超大作です。おそらくこれを越える長尺映画は今後も登場しないでしょう。しかし、まったく飽きることなく一気に見せつける演出力は素晴らしいとしか言い表せません。ジャクソンは、歴史に残る名演出家として後世に言い伝えられるでしょう。

この「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのおかげで、ニュージーランドのGDPと雇用率は数パーセントアップしました。それほど大きなプロジェクトだった訳です。ニュージーランド政府は「ブレインデッド」に税金を投入したおかげで、20年後に投入額を遥かに上回る利益を手にすることができました。

<完全版>
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ロード・オブ・ザ・リング ― 二つの塔 スペシャル・エクステンデッド・エディションを購入
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<劇場公開版>
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コメント 9

クロロ

「さまよう魂たち」はJ・フォックスが出た、という記憶しかありませんでした(笑)
5年間、諦めないどころかこんな大作に挑んだジャクソンにもnice!
となると、ニュージーランド政府にもnice!ですね(笑)
by クロロ (2005-10-08 17:14) 

DSilberling

ニュージーランドは、物凄い低い確立で利益を得ましたね。日本では考えられません(笑)。
by DSilberling (2005-10-08 18:13) 

non_0101

すごく面白かったです!
ニュージーランドはこの後も「キングコング」「ナルニア国物語」と、
すっかり映画産業を確立しましたね。いいなあ。
それにしても、解雇されてしまったニューラインの「ロード・オブ・ザ・リング」
推進派の人たちは、かわいそうですね。こんなに成功したのに。
by non_0101 (2005-10-08 21:42) 

DSilberling

ニューラインは、この映画で利益を上げたのですが、当事者はいないとは皮肉なことです。
アメリカ型マネージメントのダメなところですね。ニュージーランド政府は本当にラッキーでした。
by DSilberling (2005-10-08 22:32) 

クリス

私も、ニュージーランド政府の映画政策・成功秘話を読んだことがあります。それをふまえて、私の住んでるスコットランドでももっと積極的に映画政策に政府資金をかけないといいものは生まれないー!って意識になってきてはいます。でも、スコットランドって結局はイングランド傘下なんで、アイルランドのように独自の対税政策も使えなければ、いろいろな決定権もなくて、けっこう弱い立場なんです。やから、「ブレイブハート」の撮影も、大半がアイルランドで行われたし。

今やってる論文にも関係する内容なんで、もしニュージーランドの映画政策関係のおススめ本などあったら、教えて下さいねー☆
by クリス (2005-10-10 12:26) 

DSilberling

蟻銀さん、こんにちは。残念ながらニュージーランドの書物は殆ど出版されていませんね。政府もピータージャクソンに対する投資に関しては、かなり偶発的なことなのでコメントしていなうようです。初期のホラーに投資していなくても、こういう結果があったかもしれん。直接的な因果関係を立証するのは難しいのではないでしょうか。映画ファンとしては、こういうお話は伝説として語り継ぎたい美談です。
by DSilberling (2005-10-10 12:48) 

むぅこ

こんばんは。
先日はご訪問ありがとうございました。
実は私のDVD熱はこの作品が始まりでした。
DVDも全て購入して何度も観てしまいました。
SEEについてくる特典ディスクはすごく良いです!
裏舞台だけでお話が出来上がってしまいます。
続きがないのがとても残念です。
早くホビットの冒険を製作できるように問題が解決されることを願っています。
by むぅこ (2005-10-11 00:01) 

coco030705

おはようございます。
映画の裏事情がよくわかって、とてもおもしろかったです。
映画って、どういう風に創ったらヒットするかなんて、誰にも
わからないんですね。
こういう大作に挑む監督の情熱というものが、すばらしいと思いました。
なんでも情熱がなければ、前に進むことはできませんね。
by coco030705 (2005-10-11 09:27) 

DSilberling

むぅこ、さん、cocoさん、こんにちは。

「ロード」シリーズは、裏話の方が面白いのではないかと思える程様々なドラマがありました。SEEには、それらはあまり触れられていませんね。

このような大博打は、コケると辛いですねえ。「天国の門」は、大金をつぎ込み、大コケで、会社まで買収されてしまいました。映画ビジネスは本当にリスキーです。
by DSilberling (2005-10-11 17:27) 

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